「新たなシステムを開拓する
『マルチリンガル』を育てる」

慶應義塾大学看護医療学部教授
山内 慶太

医療にかかわる専門家をつなぐ「マルチリンガル」の必要性

少子高齢化の進展等にともない、日本の医療はいま大きな転換点にあります。限りある財源や人的資源の中で、質の高いサービスを偏りなく提供することが求められているのです。しかも、一人ひとりのニーズに応じて様々なサービスが最適な組み合わせで提供される必要があります。これらの実現は、医療に隣接する保健や福祉の領域まで含めたシステムの統合・再編にかかっています。しかし、そこに医療特有の困難があるのです。
そもそも医師や看護師などの専門職は、それぞれ自己完結的な教育プログラムの中で育成されるため、その職種固有の“言語”と視点に制約される傾向があります。一方、経営等の専門家にはそのような医療現場の特殊性や問題点がなかなかわかりません。つまりそれぞれの専門家が、互いの“言語”を共有できないという難しさがあるのです。
こうした事態を打開するためには、個別の専門領域だけでなく、臨床現場での経験も踏まえつつ、保健・医療・福祉を一体として社会の中に捉え直すことのできる人材が是非とも必要です。しかも、様々な領域の専門家と“言語”を共有できる、いわば“マルチリンガル”でなければなりません。そこで病院、介護保険関連施設から医療関連ビジネス、健康・スポーツ関連ビジネスに至るまで、“マルチリンガル”として広くリーダーシップを発揮できる人材を育てたいと考えています。

「独立」の気概と「疑い」の精神が新しいシステムへの可能性を開く

慶應義塾の看護医療学部には大きな強みがあります。総合大学であり、学部間の垣根も低い。そしてクラブ活動等を通じて、様々な学部の塾生、教職員、塾員(卒業生)達と生涯にわたる結び付きを得ることもできます。こうした多彩な人達との交際の中でこそ、専門の枠を越えて多分野とのコミュニケーション能力を育むことができるのだし、そこに“マルチリンガル”へのカギがあります。
私自身も、医学部在学中、クラブの活動のために、信濃町での授業や実習の合間に三田に通いました。活動を通じて、商学部や文学部など三田の学部の教員諸氏と親しく接する機会にも恵まれました。そのような環境にいたことで、医療と社会をつなぐ領域へと自然にシフトしてきました。
医療をめぐる問題は、身近な分、情緒的な議論に流れる危険性が常に存在します。大切なのは、自分と対象をいかに客観視できるか、専門分野や職種固有の視点にいかに囚われないか、ということです。そのためには、自分の考えや先入観だけでなく、既成の概念や理論をも一旦は疑い、幅広い視点から科学的に分析し直すという“疑い”の精神を大切にしなければなりません。慶應義塾が福澤先生以来大切にしてきた“独立”の気概とは、一人ひとりが独立した人格としての気概を持つことによって、既成の権威や世間の流行に左右されることなく、“疑い”の精神を持ち続ける精神の自由さを維持せよということなのです。塾生達には、こうした気概と精神をしっかりと受け継いで欲しいと願っています。