「健診を受けやすくして、医療業界を変えていきたい」川添高志さん

健診を受けやすくして、医療業界を変えていきたい 川添高志さん

「健診弱者」という言葉をご存知でしょうか。過去1年以上健康診断を受けていない人を指し、現在日本全国に約3300万人もいます。健診へ行かない理由はお金がない、時間がない、交通手段がないなど、人それぞれです。しかし早期発見していれば、未然に防ぐことのできた病が進行していたり、より症状が重くなってしまったりと、健診を受けないことで生じる弊害は多くあります。医療費も高くなり、金銭的な面で困る人もいます。

「健診をもっと受けやすくして、医療業界を変えたい--そのような想いで「ワンコイン健診」を手がける「ケアプロ」が設立されたのは2007年。血糖値や総コレステロール、中性脂肪などをワンコイン(500円)で、保険証がなくても、予約なしでも検査できるという画期的なサービスを提供しています。代表は慶應義塾大学看護医療学部1期生の川添高志さんです。医療業界へ進もうと決めた経緯、社会起業を決めたきっかけなどを聞いてみました。

--医療の道に進もうと決めたきっかけは?

中学と高校のときに2度に渡って祖父の死に立ち会ったことで、日本の医療のあり方に疑問を覚えたことがきっかけです。ボランティアのため通っていた老人ホームで、患者さんやそのご家族にとって、本当に満足できる看護や介護が行われていない現実を自分の目で見ました。やり方次第でもっと温かい医療を提供できるのではないかと感じました。

--看護医療学部に入学を決めた経緯は?

僕が高校1年生のとき、大手企業に勤めていた父がリストラに遭い、そこで大手企業志向がなくなったんです。そのときに「自分で事業をやろう」「いつか起業しよう」と決意しました。経営的なことを理由に医療の質が下がっている、ということを祖父の死から感じていたこともあり、起業する分野を医療に定めました。そんな自分の夢を実現するためには、医療と経営を学ぶことが必要だと思い、その道を志すことにしました。現代の医療をもっと患者を大事にする温かみのあるしくみに変えたい、業界全体から医療を変えたい--だから僕は起業したかった。そこで、起業家を多く輩出しているSFCに目を付けました。しかも色々と調べていたときに、僕が入学する年から看護医療学部ができるという情報を見つけたのです。

--まさにベストタイミングですね。

そうなんです。本当にここに入りたいと思い、1本に絞って受験しました。慶應の持つネットワーク、また総合大学であるということに、非常に大きな強みがあると思っています。政策系に強い大学なので、学んだ政策で問題にアプローチすることもできますし、医学部・薬学部との連携もできます。基礎研究から先端医療まで幅広く学べることが魅力ですね。また実習にも強く、海外研修、ホスピス研修、養護施設研修なども豊富に揃っています。まさに現場でのリアルな学びが可能なんです。このような大学は他にはありません。1、2年次から専門的な分野を学べるのも、慶應ならではではないかと思います。すぐにでも専門分野を学びたかった僕には、ぴったりな学部でした。

--当時はどんな講義を選択していましたか?

やはり起業したかったこともあり、経営系の講義を選択するようにしていました。普通の大学では3、4年生でなければ学べないような講義を、慶應では1年生から履修できるしくみでした。僕は経営者のお話を生で聴けたり、著名な講師から経営戦略を学べたりする授業を取っていました。

--特に思い入れのある講義や研修について教えて下さい。

3年生のときに、学生5人のチームで、鹿児島のホスピスへ1週間研修へ行ったことです。目の前で人が亡くなるのを初めて見ました。亡くなったのは高齢の男性で、彼の家族が「おじいちゃんをお風呂へ入れたい」と言うんです。僕は当時「亡くなった方をお風呂へ?」と驚いた記憶がありますが、お風呂で身体を洗ってあげると、おじいちゃんの顔が喜んでいるように見えたんですね。その後、普段着ないような、よそいきの洋服を家族が着せてあげたりなど、温かみのあるプロセスの中で死を受け入れる体験ができました。良い看護ができたなと。他にも実習先はたくさんあり、こういった生の現場にふれる機会はたくさんあります。

川添高志さん

--医療系のサークルも設立されたそうですね?

2年生のときに「看護医療政策学生会」というサークルを作りました。医療業界では「(入院日数が)長い・(薬が)多い・(患者に対して看護師の数が)少ない」という3つのキーワードがあります。目の前の患者さんを助けることはもちろん大事なのですが、業界全体の労働環境を変えないとという思いも強くなっていました。そこで全国の大学の看護学生へ医療政策を学んでいるか、知識があるかについてアンケートを取ったところ、意識の低い人が結構多かったんです。その結果を見て業界を変えていくには、僕らが何とかしたいと思いました。そこで他大学の学生たちへ、Webを通じて情報発信を始めました。サークルは今も続いていて、後輩たちの代ではまた違ったテーマで研究や発表を進めているようです。

--その他、在学中に取り組んでいたことは?

医療経営コンサルタントの会社でアルバイトをしていました。そこで働かせてもらいながら、経営について学び、そのときの経験が今日にも活かされていると感じています。

--講義もかなり忙しいと思うのですが、外部の活動との両立はどうしていましたか?

どちらかというと「両立」というよりも「切り替え」を意識していたように思います。僕は1~2年のうちはインプットの時期と決めていて、集中して選択科目を最大限まで取っていました。逆に3~4年はアウトプットの時期にしたかったので、大学の前半で学んだことを外部での活動へ活かしていました。また学部で自分と興味・関心分野の近い友人を作ることも大事です。お互いに刺激し合えるので、議論もできますし、一緒にいて高め合えることができます。話をすることで講義の良いアウトプットにつながります。

--看護医療学部を志す後輩たちへメッセージをお願いします。

今の社会で医療・看護の問題が占める割合は非常に大きいです。解決するためにはどうしてもリーダーの存在が必要。技術だけではなく、政策やビジネスが必要となってきます。世の中を変えていきたいという人にとって、かなり学びの多い学部なのではないでしょうか。

(インタビュー取材 2012年6月)