「ラオスで誕生する新しい命のために」永谷紫織さん

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永谷紫織さん
2011年 看護医療学部卒業

 

 

 

 

--現在、どんな仕事をされているのですか?

国際協力機構(JICA)青年海外協力隊で、ラオス南部のサラワン県病院で助産師として活動しています。

ラオスは東南アジアに位置し、国境をタイ、ベトナム、中国、ミャンマー、カンボジアと接する小さな内陸国です。2015年までのミレニアム開発目標(MDGs)の達成と、2020年までの低開発途上国(LDC)からの脱却を目指しており、ここ数年のGDP成長率は平均約8%で、2010年には一人当たりの名目GDPが1000ドルを超えました。一方で、国内の地域格差が著しく、地方部では保健や教育においてMDGsの達成が危ぶまれている状況です。例えば、5歳以下の子どもの死亡(出生1000あたり、2011~2012年)は首都ビエンチャンが32であるのに対してサラワン県は113、医療者分娩介助率(2011年~2012年)は首都ビエンチャンが85%であるのに対してサラワン県は31%といった状況です(2013年UNDP発表)。

そこで、①サラワン県病院における母子保健サービスの充実に向けた助言、②正しい妊婦健診・安全な分娩のための指導や勉強会の実施、③基礎看護技術および看護の質の向上に向けた助言を目的として、2014年7月から助産師としてこの地に派遣されてきました。現在は、現地スタッフとともに毎月140件程度ある分娩の介助に入りながら、看護師・助産師及び助産学生に対して「新生児蘇生」や「分娩時胎児モニタリング」の勉強会を実施したり、県内の郡病院(県病院よりも規模の小さな病院)へ看護師・助産師の巡回トレーニングをしたりしています。また、2015年3月には慶應の医・薬・看3学部合同ラオス研修で、村落でのホームステイや小学校での健康教育のサポートをしました。

nagatani_1.jpgサラワン県病院の外観

nagatani_5.jpgラオス研修での病棟見学実習にて通訳をする永谷さん

--看護医療学部を選ばれたきっかけは?

フィリピンでクリニックを開業されている助産師の冨田江里子さんという方に憧れて、私もいつか助産師として発展途上国の母子保健に携わりたいと中・高校生の頃から思っていました。

高校は慶應義塾大学付属の女子高に通っていましたが、進路選択の時期には、専門学校や短期大学に進学する方が看護学を集中して学べるのではないかと思っていた時期もありました。しかし悩み抜いた末に、総合大学の中で幅広く客観的な視野を持って現場に立てる看護職を目指そうと考え、看護医療学部を選択しました。

--どのような学生生活を送っていましたか?

発展途上国の医療現場を目指すうえで、政策や国際機関の在り方についても学びたいと考えたため、『国際機構論』や『社会動態論』といった総合政策学部の選択科目も履修していました。また夏休みには、大学病院の病棟で看護助手の仕事にチャレンジしたり、青田与志子記念基金の奨学金をいただいて、NPO法人JAPAN HEARTの国際医療短期ボランティア(ミャンマー)に参加したりしました。

サークルではストリートダンスサークルW+I&Sに所属し、仲間たちとダンスに明け暮れました。ダンス公演や学園祭シーズンにはサークルの練習や会議に追われ、学部では試験やレポートに追われ、そのうえアルバイトもしていたので、睡眠時間さえまともに取れない時期もありましたが、とにかく充実した学生生活でした。

4年次には助産課程を履修し、サークルやアルバイトから離れて、病院宿舎や助産院に泊まり込んで実習に取り組みました。仲間と一つの部屋に布団を並べて、いつ呼び出しがかかるか分からない携帯電話を握りしめながら休息を取ったのを覚えています。フリースタイル分娩を推奨し、できる限り自然体に近いお産を目指す湘南鎌倉総合病院や山本助産院での実習だったため、最低限の医療介入で母子やその家族にとって安全かつ心地よいお産を支える助産師のあり方を存分に学ぶことができました。

--現在の仕事とつながっている、学部時代の学びについて教えてください。

4年次に履修した助産課程では、国内の教科書に加えて、海外の解剖学書や英語の論文を用いた授業もあり、一つの問いに対する様々な着目点にワクワクしながら授業に出ていました。学ぶことの楽しさを初めて知ったような気がします。既存の知識をそのまま蓄積していくだけでなく、なぜそれらが良いのか悪いのかという視点で問題に向き合うことで、助産師として持つべき知識や感覚をスムーズに取り入れることができたと思います。

また看護医療学部では、『世界の母子保健比較』や『プライマリーヘルスケアと国際協力』といった講義もあり、その中では学年を超えたディスカッションをする機会も多くありました。4年次には、"発展途上国における代理母出産ビジネス"についてレポートをまとめて発表し、友人と熱く議論を交わした記憶があります。世界は正解なき課題に溢れているのだと感じました。

発展途上国の医療現場で患者さんやスタッフに向き合うと、日本では考えられないような現実や慣習に向き合うことになります。こういった場所では、日本の医療現場で行われてきたことはあくまでも一例でしかなく、それは必ずしも正解ではありません。この課題を幅広い視点で捉え、この地に生活する人々にとってより良いと思われる答えを導き出すことは、現在の活動の大きな柱になっていると思います。

nagatani_3.jpg村落の小学校へ日本脳炎ワクチン接種の巡回

--看護医療学部を志す後輩たちへメッセージをお願いします。

日々変化を続ける世界各国の医療事情や看護サービスを取り巻く環境は、正解なき課題で溢れています。看護医療学部はそんな課題を学生たちに投げかけ、悩み、考え抜く機会を与え、自分なりのアウトプットができるよう支援してくださる場所でした。看護医療学部での日々がなければ、今の自分はなかっただろうと思っています。

必修科目や臨床実習のため、看護医療学部では時間的な拘束が必然的に多くなりますが、その中で何を選択し、どんな形で取り組むかは自分次第です。卒業後の自分自身の姿を見据え、総合大学である慶應義塾の看護医療学部だからこその学びを、より実り多きものにしていってください。

nagatani_4.jpgラオス研修:小学校での健康教育